縁起思想研究について

当サイトでは、仏教思想の根幹とされる「縁起の法」を中心にして、仏教思想の現代における価値や可能性を色々な角度から考察します。それのみならず、この「縁起の法」の影響のもとに発展していった信仰としての仏教や、過去・現在の仏教文化全般を随時ご紹介することにより仏教思想の価値の啓蒙をしていきたいと考えています。そして、最終的には縁起思想に基づいた新しい時代の理念やビジョンの創造を試みていくつもりです。


仏教という概念には思想としての側面、信仰の対象としての側面、文化としての側面を認めることが出来ると思います。
創始者たるゴータマ・ブッダ自身が真理を悟ることを志して、その目的を成就し、さらにはその悟りに至るための方法を他者に説き明かした内容が伝えられていったもの、それが思想としての仏教の源泉をなすものと言えます。従って思想としての仏教は真理とは何かという問いに対する答えとしての意味合いが強いものと言えるでしょう。
一方、仏教にはそのような偉大な業績を成し遂げたゴータマ・ブッダの存在(如来)、そして、如来の説いた教え(法)、如来の説いた教えを実践する出家者(僧)を尊崇するという信仰としての側面もあります。さらにその信仰の対象は、これら現存の仏・法・僧のみならず、過去や未来の如来、如来の原因とされる菩薩や、仏教の成就者達、仏教を守護する神々というように拡大されて行きました。
また、仏教の価値観や信仰が人々の間に広まるに従って、土着の信仰・習俗と結びついて仏教文化というべきものが後に生まれて行きました。これらは主にアジアを中心に世界の広汎な領域にその盛衰を見ることができます。これらのほとんどは、その当時の人々の仏教思想の理解と仏教信仰に対する情熱によって作られたものと言えるでしょう。日本の歴史も仏教文化の影響抜きに考えることはできません。
このように膨大な情報をその内に蓄える仏教という概念も、その発端は創始者ゴータマ・ブッダが真理の法をあるがままに悟ったという体験、その一点に集約されます。そして、後にブッダは真理を悟るための方法を言葉によって説き明かしていきますが、その内容を含むとされるものが、原始仏典と呼ばれる典籍です。
実際、この原始仏典を読んで見ますと、そこに記録されている内容は終始真理を悟るための実践方法、言い換えれば心の安らぎを得るための具体的な条件あるいは方法であることが理解できます。それらと関係の無い事柄はほとんど説かれていないといっていいでしょう。従って、仏教の思想、信仰、文化といった概念は実は表面的な分類であり、その本質はブッダによって説かれた心の安らぎを実現するための実践だったと言っていいと思います。逆の表現をすれば、心の安らぎを実現するための実践から、仏教思想や仏教信仰や仏教文化と呼ばれるものが派生しているのだと捉えることも出来るでしょう。
それでは、この心の安らぎとは具体的には何を指しているのかというと、それは心の安らぎの実現者である仏陀と、それを実現するための教えと、その実践に専念する僧の3つによって成り立っています。この3つを仏・法・僧と言い、これらが仏教というものの実質を意味するわけです。
「縁起の法」とはこのような、心の安らぎを実現するための条件を最も端的に表したものとして原始仏典に繰り返し、様々な観点から説き明かされている概念で、ブッダの説いた思想の根幹をなすものとされています。仏・法・僧の中の法に位置すると言っていいでしょう。原始仏典を読みますと、悟りを得るために説かれているほとんどの教えが縁起思想に基づいた条件生起・相互依存の論理で説明されていることが良くわかります。
そして、注意すべき点として、ブッダは単に自らの考えを述べる思想家ではなく、自ら実証し体現された悟りのみを説く実践者であったということがあげられます。従って「縁起の法」は言葉を用いた概念として表現されていても、その本質は心の安らぎを得るための実践と不離不測の関係にあります。このため、「縁起の法」を構成する数々の教えには、悟りを得るための条件や、悟りに至るステップがいろいろな角度からあいまいさを許すことなく、それぞれの人が自ら実証可能なものとして詳細に述べられています。
仏教の歴史では、後に大乗仏教、秘密仏教といった新しい仏教が華々しく展開しますが、それらの仏教もすべて根本にある原理は原始仏教の縁起の法であると考えます。仏教の開祖がゴータマ・ブッダなのですから、そこから展開したすべての思想もゴータマ・ブッダ直説の思想を根本にしているのは当然のことといえるでしょう。
原始仏典に表されているブッダの思想の大きな特徴は徹底した分析論であるということです。しかも、その分析の対象が人間の経験のみではなく、通常の人間の窺い知れない解脱の世界や神々の世界をも含む宇宙の全領域に及んでいるという点にあります。仏教思想を難解にしている最大の理由がこの部分にあるといえるでしょう。しかしながら、「縁起の法」自体は決して難しい表現をしているわけではなく、この法に則って目前の現実を丁寧に解析していくことはいくらでも可能です。分かり易い現実を徹底的に理解し、それによって高度な世界の理解も可能にしていく。このような点に仏教思想の面白さがあると思います。
仏教の思想としての側面、信仰の対象としての側面、文化としての側面は、心の安らぎの実践という本質から派生したものだと言ってもそれらの発展がなければ、仏・法・僧というものの価値が人々に知られることがなく、仏教の本質というものがこの世に存続しあるいは広まっていくことも難しいことになります。従ってこれらの思想や信仰や文化の領域を啓蒙していくことは結果的に仏・法・僧の価値の認識を人々の間に知らしめていくことに役立つと考えられます。以上をふまえて、当サイトでは、仏教思想の根幹とされる「縁起の法」を中心にして、仏教思想の現代における価値や可能性を色々な角度から考察します。それのみならず、この「縁起の法」の影響のもとに発展していった信仰としての仏教や、過去・現在の仏教文化全般を随時ご紹介することにより仏教思想の価値の啓蒙をしていきたいと考えています。そして、最終的には縁起思想に基づいた新しい時代の理念やビジョンの創造を試みていくつもりです。また、仏典には「像の足跡のたとえ」(すべての生き物の足跡が像の足跡に包括されるように、すべての善法は四諦という縁起の法の中に包含される)が説かれていることから、仏教に限ることなく、幅広く世界の文化の価値についても考えていきたいと思います。

最終更新日:2006年4月20日



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